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宇都宮地方裁判所 平成2年(行ウ)7号 判決

原告

星野忠義(X)

右訴訟代理人弁護士

田中徹歩

太田うるおう

被告

(日光市長) 小平英哉(Y1)

(日光市助役) 宮澤茂(Y2)

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

平野浩視

阪口勉

理由

第一  被告小平の本案前の主張に対する判断

被告小平は、原告が賠償を求める損害は支出負担行為によって生じるのではなく、支出命令により支出がなされることによって発生するものであるところ、本件支出は規定により助役である被告宮澤の専決事項とされているから、決定権を有しない市長に対する本件訴えは不適法である旨主張する。

本件支出を命じたのが市長である被告小平ではなく、助役である被告宮澤であったことについては当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、五〇〇万円を超える支出負担行為は市長が決裁権を有すること、支出負担行為の決裁区分が市長に属する支出命令は助役の専決事項とされていることが認められる。

しかし、法二四二条の二第一項四号が規定する「当該職員」とは、当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいうと解すべきである。そして、本件支出のように助役の専決事項とされている場合であっても、そのことによって市長の権限が助役に委譲されるわけではなく、本来的権限及び責任は依然として市長にあるのであるから、市長個人も法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当すると解するのが相当である。

他に、本件訴えを不適法とすべき理由はないので、被告小平のこの点に関する主張は採ることができない。

第二  本案に対する判断

一  請求原因一、同二、同三1のうち、(一)(1)と(二)(1)、同四1の事実のうち、被告小平が日光市長として「その補助機関たる職員を指揮監督す」べき義務を負っていること、同四2の事実のうち、被告宮澤が日光市の助役として市長から支出命令権限を委ねられていたこと、同五のうち、請負工事代金九八三万六五〇〇円を支払ったこと、同六の事実については当事者間に争いがない。

二  前記当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕によれば、以下の事実(一部争いのない事実を含む。)が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  本件市道沿線は、昭和四〇年代ころから、霧降高原分譲地として、大和観光株式会社、大和観光開発株式会社、東洋観光株式会社、東武不動産株式会社などによって開発、造成、分譲されたものであり、その際、開発業者によって昭和四一年ころに既に市道認定を受けていた旧一八六号線の両側を挟む形で舗装された私道(以下「本件私道部分」という。)や水道施設が設置され、旧一八六号線は、事実上、道路としての幅員が拡幅され、その道路区域は本件供用開始前に、ほぼ本件市道の現況と同じ状況となっていた。したがって、本件市道は、本件私道部分と旧一八六号線とを併せたもの(以下「旧市道等」という。)に相当し、また、本件私道部分は、前記分譲業者ら九名が所有する別紙物件等目録記載の公衆用道路や山林等二九筆の土地によって構成されている。

2  旧市道等は、事実上、付近住民の生活道路として使用されていたが、本件私道部分は、設置以来ほとんど路面維持が行われなかったために、延長約三〇〇〇メートルの相当範囲にわたって破損が進み、交通に支障を来す危険な状態となっていたが、前記開発業者は道路の管理、補修を行わず、昭和五〇年ころからは、大和観光株式会社や東洋観光株式会社などについては、市もその存在すら把握できない状況にあった。そのため、従前より付近住民から市道認定による路面整備の要請がなされており、昭和五八年ころには台風により路面に大きな穴があき、住民の要請を受けて市が砂利を敷いたりしたこともあったが、日光市は、本格的な補修や市道認定には消極的な対応を示し、昭和五八年の定例市議会で同様の質疑がなされた際にも、市長は、本件私道部分が精密な施工のなされていない道路、側溝のあるいわば欠陥道路であることから、補修に予算を投下せざるを得ない状況にあり、無条件に市道に編入することには問題がある旨の消極的な答弁をしていた。

3  日光市は、昭和五八年度に、自治省から昭和六二年度までの間に同市内に存在する道路の現況を調査、確認したうえ、道路現況に符合する道路法上の道路台帳を整備するようにとの通達を受け、右通達に従って昭和五八年一〇月ころから市内に存在する道路の現況を調査、確認したうえ、昭和六二年三月三一日をもって、道路編成替えによる一括認定を行ったが、その中には本件市道も含まれていた。

4  本件市道は、前日光市長斉藤善蔵が道路法八条二項に基づいて日光市議会の議決を経て、昭和六二年三月三一日付日光市告示(日光市告示第一四号、第一六号、第一七号)により、従前から存在していた幅員約一・五メートル、延長三〇七〇メートルの旧一八六号線を廃止し、これに代わるものとして、右旧一八六号線とともに一般の交通の用に供されていた本件私道部分を併せた旧市道等を、日光市所野一五四一番地先を起点とし、同所一五三五番地五を終点とする幅員八・〇〇ないし一三・七五メートル、延長二九三〇・七九メートルの市道路線として路線認定、区域決定し、供用を開始したものである。また、本件市道は、本件供用開始後も付近住民の生活道路として使用され続けている。

5  ところで、日光市は、従前、私有地を市道として供用開始するに際し、当該土地所有者から事前に同意書等の書面を得る方法によっていたが、本件供用開始に際しては、本件私道部分についての権原取得に関する承諾書や同意書といった書類は一切作成されていないし、市内部の事務手続上も本件私道部分の寄付を受けることについての稟議書や決裁書類等は作成されていない。

また、日光市は、前記分譲地開発の際に、前記開発業者から本件私道部分を市道として管理して欲しい旨の要望を受けていたが、当面、業者作成部分の道路敷部分についての管理は業者がするようにとの態度を示し、その後、昭和五〇年ころを最後に大和観光株式会社などとは連絡が取れなくなっていた。

さらに、本件供用開始当時、日光市建設課長であった証人入江は、本件供用開始に際し、山間部で所有者やその住所などがはっきりしない部分があったため、所有者の了解は口頭でも足りることを県に確認している旨述べてもいる。

6  日光市は、本件供用開始後、本件私道部分のうち、目録5の土地を除く各土地(目録5の土地については未だに所有権移転登記がなされていない。)について、平成元年三月二七日から平成四年一月八日にかけて所有権移転登記を経由しているが、右登記原因及び登記申請受付の日付は、

目録3の土地については昭和三八年九月一六日寄付、平成二年一二月二〇日登記、

目録19、20、26、28の土地については平成元年三月一日寄付、同年三月二七日登記、

目録8ないし13、17、18、21ないし23、25の土地については平成元年一二月一日寄付、平成二年七月三日登記、

目録6の土地については平成二年七月二二日寄付、平成三年六月三日登記、

目録14ないし16の土地については平成二年八月二一日寄付、同年九月七日登記、

目録2の土地については平成二年八月二三日寄付、同年九月七日登記、

目録7の土地については平成二年八月三〇日寄付、同年九月一四日登記、

目録24、27の土地については平成二年九月四日寄付、平成三年三月一二日登記、

目録4の土地については平成二年一二月二一日寄付、平成三年一月二八日登記、

目録29の土地については平成四年一月八日寄付、同年一月二四日登記、

とされており、本件供用が開始された昭和六二年三月三一日までに日光市が寄付を受けていた土地は登記原因上は目録3の土地のみに止まり(旧一八六号線が市道認定を受けたのは昭和四一年ころであることからすれば、昭和三八年九月一六日に寄付を受けたとされている目録3の土地は旧一八六号線を市道認定する際に寄付を受けたのではないかとの疑問も残る。)、また、本件支出命令のなされた平成二年五月一八日までに日光市に所有権移転登記が経由されていたのは目録19、20、26及び28の土地に止まる。

なお、右登記簿上の登記原因の日付は、日光市から委託を受けた業者が本件私道部分の土地所有者から市に所有権移転登記することについての承諾書の交付を受けた日付であり、また、本件私道部分については、その分筆、所有権移転登記手続において当該土地所有者らから異議、苦情などは現在に至るまで特段出されていない。

7  本件請負契約は平成元年一二月に締結されたが、本件工事は、本件市道のうち、目録11ないし20の土地の道路部分延長約三〇〇メートルについて、同年一二月二一日から平成二年三月二九日にかけて行われ、本件支出は同年五月一八日になされている。

三  本件支出の違法性について

1  本件私道部分の権原の取得の有無

(一) 被告らは、本件供用開始前に、本件私道部分に相当する別紙物件等目録記載の各土地すべてについて、その他権者から口頭で道路敷として供用を開始することについて承諾ないし寄付を受けていた旨主張し、これに沿う証人入江及び同野部の供述を援用している。

しかし、右主張を基礎づける書類等は伺ら提出されていないのみならず、開発当初、開発業者の本件私道部分を市道として管理してほしい旨の要請に対し日光市が消極的な態度を示していたこと、その後昭和五〇年ころを最後に大和観光株式会社などとは連絡が取れなくなったこと、本件供用開始当時、日光市建設課長であった証人入江が、本件供用開始に際し、山間部で所有者やその住所などがはっきりしない部分があった旨述べていることなどは前判示のとおりであって、これらの事実に照らせば、本件供用開始前に本件私道部分の土地所有者全員から市道として供用開始することについての同意を受けることは困難な状況にあったといえるのであり、これに供用開始に際し、その対象地の所有者から同意書の提出を受けていないのは本件供用開始だけであること、市内部でも本件私道部分の寄付を受けることについての稟議書や決裁書類等が作成されていないこと、目録3の土地を除く本件私道部分の日光市への所有権移転登記の原因がいずれも本件供用開始のあった昭和六二年三月三一日以降の寄付とされていることなどの前掲事実を総合して考えると、日光市が本件供用開始前に少なくとも目録3の土地を除く本件私道部分について権原を取得していたと認めることはできず、むしろ、日光市が右部分についての権原を取得したのは登記原因として記載されている各寄付のなされた日と認めるのが相当である。そして、このことは本件供用開始が一括認定によるものであったとしても異なるところはないというべきである。

なお、本件供用開始後、本件私道部分の分筆、所有権移転登記手続において当該土地所有者らから異議、苦情などは出されていないが、寄付や所有権移転登記が平成元年三月一日から平成四年に亘って順次行われていることに照らせば、単に供用開始後の交渉によって異議などが出されなかったに止まるものということができる。

(二) ところで、道路法に基づく道路は、一般に、路線の認定(同法七条、八条)、区域の決定及びその公示、供用開始の公示(同法一八条)などの各手続を経て開設されるが、右道路を開設するためには地方公共団体が道路敷地等の上に所有権その他の権原を取得したうえ、その供用を開始する手続に及ぶ必要があり(なお、右権原取得には、その旨の意思表示がなされれば足り、必ずしも対抗要件である登記まで具備する必要はない。)、右権原を取得せずになされた供用開始は違法、無効と解すべきである。

したがって、本件供用開始に際して、日光市が市道敷地を支配、管理するための権原を取得していなかった私有地部分のあったことは前判示のとおりであるから、その部分に関する限り、本件供用開始は無効といわざるを得ない。

2  本件支出の違法性

そして、市がその管理、支配権の及ばない土地について何らの権限もなく工事を行うことは違法といわざるをえないというべきところ、本件工事対象地である目録11ないし20の土地のうち、本件請負契約締結ないし本件支出命令時までに日光市が権原を取得していたのは目録19及び20の土地に止まり、目録11ないし18の土地については権原を取得していなかったことは前判示のとおりであり、その他、日光市が右目録11ないし18の土地について路面改良工事を施すことを基礎づけるに足りる実体法上の根拠は存在しないから、日光市が施した本件工事のうち、市が権原を取得していなかった目録11ないし18について施した工事部分は違法といわざるをえない。

したがって、本件請負契約の締結は、右違法な工事を行うことを直接の目的とするものであるから、このような契約の締結は違法な行為というべきであり、さらに右違法な契約を直接の原因としてなされた本件支出も違法な公金の支出となるとするのが相当である。

四  損害の有無

しかし、前判示のとおり、本件支出が法二四二条一項に反する違法な公金の支出に当たるとしても、法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員を被告とする損害賠償の請求は、地方公共団体が右被告である職員に対して有する実体法上の損害賠償請求権を住民が代位行使するものであるから、右請求が認められるためには当該職員の行為によって地方公共団体に現に実体法上の財産的損害が生じ、地方公共団体が当該職員に対して右損害賠償請求権を有していることが前提となる。

これを本件についてみると、本件工事の対象地が目録11ないし20の土地であり、それらの土地はいずれも平成元年三月一日から平成二年八月二一日にかけて日光市に対して寄付がなされ、平成元年三月二七日から平成二年九月七日にかけて日光市に対して所有権移転登記が経由されていること、本件市道が実際に付近住民の生活道路として機能していることは前判示のとおりであり、これらの事実によれば、これらの土地は、現在、いずれも日光市の所有に帰し、また、本件記録上、本件工事代金が不当に高額であるといった具体的事情も窺われないから、本件公金支出の有用性、対価性が認められ、日光市は、現在、支出相当額の対価を取得しているのであるから、結局、本件支出によって現に財産的損害を被っていないものといわざるをえない。

第三  結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九三条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林登美子 裁判官 達修 桑原伸郎)

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